おはなし

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庄松の遺品 浄土三部経

庄松の遺品 浄土三部経

上の写真は勝覚寺にある庄松さんの遺品の一つである「浄土三部経」。住職からかわいがられていた庄松さんをうらやましく思った寺の役僧が、三部経を取り出し、字の読めない庄松さんに、皆の前で恥を欠かせてやろうと思い、「お前はありがたい同行さんや。この大無量寿経のご文を読んでみよ」と言いました。それに対して「庄松を助くるぞよ、助くるぞよ」と言ったといいます。

「後生の覚悟はよいか」

「後生の覚悟はよいか」

庄松さんが同行達と共に、本山にお参りし、後頭剃を受けられた時のことである。御門主が、庄松さんの御頭剃をすまし、次に移ろうとした時に、御門主の法衣の袖をひきとめて「アニキ覚悟は良いか」と申した。御頭剃がおわり、御門主が取次役に、「今我が法衣をひっぱった同行を此処へ呼べ」と取次役へ命じ、取次役が、皆の前で、「今、御門主の法衣をひっぱった同行はどこにいる、御前へでられよ」との仰せじゃぞよ。其れを聞いても庄松は平気な顔をして居たが、つれて行った同行は、驚きすまんことをしたご無礼千万、こんなことなら連れてこなかったらよかった、致方はない我々より御許を願うより道はないと。取次役に申し上るに、誠に恐れ入りますが、此物は馬鹿であります。一文二文の銭さえ数も知らぬ物故、ご無礼の段どうぞ御慈悲で御許を願うと云えば、そうかと云われたまま、其故を御法主へ御伝えすれば『いやどうでもよい、一度此処へつれて来いよ』と命ぜられ、致方なく

庄松を御法主の前へつれてきた。
其時御法主『今我が御衣の袖を引張ったのは汝であったか』
庄松『へェおれであった』
御法主『何と思う心から引張った』
庄松『赤い衣を着ていても、赤い衣で地獄のがれることならぬで、後生の覚悟はよいかと思うて云うた』
御法主『さぁ其心持が聞きたいため汝を呼んだ、敬うてくれる人は沢山あれど、後生の意見をしてくれるものは汝一人じゃ、よく意見してくれた、併し汝は信を頂いたか』
庄松『へェ頂きました』
御法主『其得られた相を一言で申せ』
庄松『それは阿弥陀様に聞いたら早う分かる、我の仕事じゃなし、我に聞いたとて分かるものか』
御法主庄松の答えを聞いて非常にご満足なされ
『弥陀をたのむと云うもそれより外はない。多くは我機をたのみてならぬ、お前は正直な男じゃ、今日は兄弟の盃をするぞよ』と召使のものを呼び、御酒をとりよせ、御法主の御酌で、御馳走になりた」と。一生の間、御法主様を、あにきとより外云われなんだが庄松である。

「石の下には居らぬ」

「石の下には居らぬ」

石田村の一蔵同行が見舞いにきて云えるには、同行が死んだら墓をたててあげましょうと云えば、庄松『己れは石の下には居らぬぞ』と云われた。